私が在学中に東大の女子トイレが盗撮された事件がありました。
確か総合図書館の女子トイレで、犯人は中年の男性だったように記憶しています。
事件は割と大きく報道されて、私も赤門を出た所でテレビ局の人に声をかけられました。
記者「女子トイレで盗撮があったことをご存じですか?」
私「はい」
記者「今からインタビューしたいのですが受けていただけますか?」
私「はい」
というやり取りの後、すぐにカメラが回されました。
記者「今回、東大の女子トイレが盗撮されましたが、どう感じましたか?」
私「あ、まあ、うーん、どうというか。。。」
記者「やはり犯人に対して怒りを感じますか?」
私「あ、いや、そんな。。。」
正直、総合図書館の女子トイレで自分が撮られている可能性は低く、そこまで事件に関心がなかったんです。ましてや怒りなんて感じてませんでした。
記者「自分も撮られてたかもしれないと思うと、腹立たしいですか?」
私「なんか気持ち悪いですね~」
記者「犯人に言いたいことを一言お願いします」
私「もっと他に興味があること見つけて一生懸命に生きてほしいですね~」
という感じで、実際にはもっと多くやり取りを交わしました。
そして、その夜ニュースを見ていると、まさに私のインタビューが放送されていました!
びっくりしたのは、私の言葉が切り貼りされて、まるで盗撮事件に怒っている人であるかのように編集されていたのです!
ニュースが終わった途端、大学の友だちやら高校の同級生から電話がかかってきて
「夕陽ちゃん!テレビ見たよ!めっちゃかっこよかったね!正義感あふれる感じで!」
というコメントが!
あぁ、メディアってこうなんだ~と思った瞬間でした。
メディア側には最初から「こういう風にもっていきたい」という流れが決まっていて、それに合わせて質問も誘導的に行なって、返答もその流れに合った部分だけ切り取って(あるいはそう見えるように編集して)作ってるんだな~と悟りました。
それ以来、私はテレビを見る時、街頭インタビューみたいのは話半分で聞いています。
あることについて反対か賛成か街頭インタビューをして、反対の人の映像ばかり映っていても、「賛成の人の映像は全部カットされたのかな。」と勘繰るようになりました。
実際は賛成の人が多かったとしても、反対の人の映像だけ流せば、全国民が反対しているように見えるのがメディアの怖いところです。
メディアリテラシーの重要性が叫ばれるようになって長いですが、最近はAIによる偽の情報、画像なども多いので、一層見分ける目を養わないといけないな~と思う今日この頃です。